神社と寺の違いについて

①神社思想は、自然崇拝または祖霊信仰をルーツとする。

 

②原始神道は、縄文・弥生時代にさかのぼるともいわれ、現在の神道は、大和

政権が日本列島を統一した5世紀頃に整備されたもので、大和政権の正当性が

強調されて作られたのが「古事記」や「日本書紀」で、二つ合わせた「記紀神

話」となる。

 

③神道…わが国固有の民族信仰。

天照大神(あまてらすおおみかみ)への尊崇を中心とする。古来の民間信仰が、

外来思想である仏教・儒教の影響を受けつつ成立し理論化されたもの。

 

④6世紀の仏教伝来後、神道と仏教の調和をはかる「神仏習合」が行われた。

 

⑤神社と寺が分かれたのは、明治時代になってからで、それまでは、神と仏は、

寄合い所帯だった。明治初年の「神仏判然の令」よる神仏分離が行われてから

です。

⑥祀られているのは、神社には「御神体」、寺には「御本尊」。

・神社「本殿」・・・寺「本堂」

・神社「鳥居」・・・寺「山門」

・神社「拍手」・・・寺「合掌」

・神社「祝詞」・・・寺「経」

・神社「宮司・神主」・・・寺「住職」        

・神社「神道」・・・寺「仏教」

 

◆日本の神社の数は?(リーダーズ・ダイジェスト社より抜粋)

・稲荷神社   32、000  

・八幡神社   25,000  

・伊勢神明社  18,000

・天満宮    14,000  

・諏訪神社   13,000  

・厳島神社    9,500

・宗像神社    6,000  

・日吉神社    3,800  

・熊野神社    3,000

・津島神社    3,000  

・春日神社    3,000  

・八坂神社     2,600  

・住吉神社    1,600  

・浅間神社    1,300  

・金比羅神社      700  (計136,500神社)

この他に、氷川神社・恵比寿神社・淡島神社などがあります。

道祖神や田の神を祀る祠などを加えると、全国に約30万近い神を祀る社等が

あると思われます。尚、神社の系統には、分社・摂社・末社という区分があり

ます。分社は、本社と同じ神を祀るものですが、本社とは、独立している神社

です。摂社・末社は、本社の支配下にある神社ですが、摂社は関連する神を祀

り、末社は、それ以外の神を祀るものです。

 

◆鳥居の起源

「鳥が居やすい」「通り入る」からつけられたなど諸説あります。

鳥居には、聖域を示す「しめ縄」が張ってある場合が多い。

「しめ縄」から先が神域(境内)であることを示し、境内の御神木の幹などにも巻かれている。漢字で「注連縄、標縄、七五三縄」と書きます。

 

◆参道

鳥居から社殿まで行く道が参道です。参道の真ん中は、「神が通る道」と信じら

れています。人は、左側を歩き、参拝後は、時計回りにUターンして戻る。

榊(さかき)を供える手順も、神輿(みこし)のUターンも時計回りです。

神事の作法は、全て右回り、つまり、左側通行が原則です。この作法は、武士

が左腰に帯刀していたので、鞘(さや)当てを防ぐためともいわれている。

 

◆狛犬(こまいぬ)

参道や拝殿の前に「左右一対」で置かれている狛犬は、邪を除け神前守護の意

味を持つ。日本では、宮中の「清涼殿」に狛犬が置かれたのが起源。

それが平安から鎌倉にかけて神社の社殿にも置かれるようになり、江戸時代に

なって参道など外に置かれるようになったと伝えられる。狛犬は架空の動物で、

一方が口を開け、他方が口を閉じる阿吽(あうん)の形が一般的です。

 

 

◆眷属(けんぞく)とは

狛犬は、外敵などの侵入を防ぐ「魔除けの霊獣」ですが、これに対し、稲荷の

キツネなどは「神の使い」とされる。このような神の使いを総称して「眷属」

という。古来、日本の神は、その姿が見えない「幽体」(ゆうたい)に特徴があ

る。神は、決して姿を現さない。神がお出ましになっても、人々にはその存在

が確認できない。そこで神が、人間に見える形で遣(つか)わした「使い」が

眷属です。

 

《眷属の例》、

・稲荷神社のキツネ

・石清水八幡宮のハト

・伊勢神宮のニワトリ

・北野天満宮のウシ

・日吉大社のサル

・熊野大社のカラス

・春日大社のシカ

・出雲大社のヘビ

・松尾大社のカメ

・三島大社のウナギ

・三峰神社のオオカミ

・愛宕神社のイノシシ

・調神社(つきじんじゃ)のウサギ

 

◆手水舎(ちょうずや)

拝礼の前に手、口を浄める所。拝殿近くにある。柄杓(ひしゃく)に口をつけ

ないのが作法です。

 

◆拝殿と本殿

拝礼をする場所が「拝殿」、神が鎮座する場所が「本殿」。

拝礼は、まず、拝殿へ進み、賽銭(さいせん)箱の前に立つ。

賽銭箱の置かれている位置が、ちょうど拝殿の中央になる。

賽銭後、賽銭箱の上部にある鈴を鳴らす。鈴が後です。

拝礼は、脱帽し、「二拝二拍手一拝

①直立の姿勢から、90度に体を深々と折り頭を下げる。

これを2度行う。

②手を胸の高さに上げ、右手を少し引き、2回拍手を打つ。

右手を元に戻し、祈る。

③手を下ろし、再び90度に体を折り、深々と頭を下げる。

 

◆日本の仏教・宗教・宗派

日本に仏教が伝わったのは古墳・飛鳥時代(538年頃)、朝鮮半島の百済からで

す。仏教を根づかした立役者は、聖徳太子でした。中国(唐)から高僧・鑑真

が来て、仏教の発展に大きく寄与しました。その後、政治に介入する僧も現れ、

仏教界は腐敗しました。794年、都が平安京(京都)に移された頃、最澄・

空海が新しい風を起こし、実践仏教の基礎を作りました。平安時代末期には戦

乱や災害が続きました。鎌倉時代に入ると戦の不安や危機から救済しようと、

次々と仏教宗教(浄土宗・浄土真宗・臨済宗・曹洞宗・日蓮宗など)ができま

した。日本においては、平安時代から明治維新以前は神仏習合が一般的で、神

道と仏教の間には明確な境界線が存在しません。

例えば、神棚を祀っている家庭には、仏壇があることが多いです。

 

浄土真宗

「親鸞」が開祖。愚かな人間が阿弥陀仏のはたらき(南無阿弥陀仏)を信じ、

念仏をして浄土に往生し、仏となることを明らかにしています。

浄土真宗は、日本最大の信者数を抱え、西本願寺を本山とする「本願寺派」と、

東本願寺を本山とする「大谷派」のほか、多数の派を有しています。

 

浄土宗

「法然」(親鸞の師)が開祖。人格を高め、社会のためにつくし、明るい安らか

な毎日を送り、往生(極楽浄土に生まれること)を願う信仰です。

総本山の知恩院のほか7つの大本山があります。

 

時宗

「一遍」が開祖。念仏や声明(しょうみょう)にあわせて、鉦(かね)、太鼓を

たたいて踊り、諸国遊行(ゆぎょう)のおりに踊念仏をおこない、広めました。

神奈川県藤沢市の清浄光寺が総本山。

 

曹洞宗

「道元」が我が国に伝え、「瑩山」(けいざん)が一層盛んにしました。福井の

永平寺および横浜の総持寺が大本山。

 

 

臨済宗

「栄西」が開祖。禅問答によって哲学を深め、頓智の一休さんでおなじみです。

南禅寺・大徳寺など14の大本山があり、それぞれ一派をなす。

 

黄檗宗(おうばくしゅう)

「隠元」が開祖。インゲン豆をはじめ沢山の文物が隠元により招来された。

宗教界だけにとどまらず、広く江戸時代の文化全般に影響を及ぼした。

京都宇治市の萬福寺が大本山。

 

律宗

大乗仏教の宗派の一つ。754年に鑑真が日本へ伝えました。大本山として、

唐招提寺を建立しました。

 

日蓮宗

「日蓮」が開祖。お釈迦さまの説かれた最高の教えで、法華経をよりどころに

する宗派です。一般の信徒に「南無妙法蓮華経」と唱えるよう指導し、身延山

(みのぶさん)久遠寺(くおんじ)が総本山です。

 

真言宗

弘法大師空海が開祖。インド・中国で失われた密教の正統派を受け継ぐ密教の

中の密教。京都の東寺と高野山金剛峰寺(こんごうぶじ)を頂点とし、そのほ

か多数の総本山があってそれぞれ一派をなす。

 

天台宗

伝教大師最澄が開祖。比叡山延暦寺と園城寺(三井寺)を総本山とする。比叡

山は修行道場として名高く、法然・親鸞・一遍・栄西・道元・日蓮・源信・良

源・天海などが巣立って行きました。

 

融通念仏宗

大念仏宗ともいう。大阪市の大念仏寺が総本山。信徒数は約十二万人、寺院数

約360です。

 

華厳宗

奈良の大仏で知られる東大寺は「けごんしゅう」の本山。

 

 

法相宗

五重塔で知られる薬師寺は「ほうそうしゅう」の本山。

 

◆四街道の村が担当した御成街道普請区域

・物井村(50間120m、普請区域 犢橋)  

・吉岡村( 2町 240m、普請区域 吉岡)

・栗山村・長岡村(11町1320m、普請区域 若松・小倉) 

・和良比(蕨)村(5町120m、普請区域 吉岡・千城台)

・山梨村(3町360mと橋2つ、普請区域 金親)   

・中台村(1町120m、普請区域 金親)

・宇那木(小名木)村(1町120m、普請区域 表示無し) 

・鹿渡村(3町360m、普請区域 千城台・金親)

・亀崎村(4町480m、普請区域 長沼原)   

・黒田(内黒田)村(2町40間320m、普請区域 実籾・長作)

*11村、33町30間(約4020m、1町=60間、1間=2m、1町=120m)

 

 

以 上